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昭和の末裔、平成を呟く

ギリギリの昭和生まれ、淡々と呟く

思い出とは、をつぶやく

「断捨離」だったり「ミニマリスト」だったりと

最近そういった物を持たない方向に話が進むことが多いんですが、

物を捨てることが苦手すぎてどんどん溜まっていく一方な訳です。

 

とにかくいろんなものが残っていて、

中学のころから身長があまり変わらないこともあって中学時代にはいていたジーパンでいまだに着れるものもあったり

今時の学生たちはわかりませんが、我々が学生のころは授業中に手紙を書いて渡すみたいな文化が根強く存在していたので、

その当時もらった手紙はほぼ全部残っています。

なので僕に何かしらの形で物を渡した諸兄の黒歴史となるようなものを僕はいまだに持っているということになりますので、

ご一報いただければ当人のみに見せてもいいかななんて思っています。

僕も数回はラブレター的なあれやそれをかいたんですが、まだこの世に残っているんでしょうか。

 

 

冗談はさておき、

先日、自室から1枚の写真と手紙が出てきました。

2年前に他界した祖母からもらったものです。

 

新卒で就職した春、初任給で両親にプレゼントを、と考えていて夫婦茶碗をプレゼントしたのですが、その時に、ふと祖父母に手紙でも書こうと、

何をきっかけにそう思ったのかはわかりませんし、その手紙に何をかいたかも正直覚えていないのですが、

まぁ慣れないことをしようと便箋と封筒を買って筆を走らせたわけです。

 

もちろん祖父母に手紙を送ることなど初めてで

もちろんもらう側も孫から手紙をもらうことなど滅多ないでしょうから。

 

その手紙には、

手紙をもらって驚いたこと、驚きすぎて手紙を入れずに写真だけ封して投函してしまったこと、年ですわ、まぁ笑ってください、と

 

そんなことが書いてました。

今思うと、祖母の字を見ることもどうやら初めてに近いような気がして、

祖母が亡くなって2年経っても、初めて見たこの字が祖母のものだと

感じるのはなぜなんだろう、と

字にも何かが宿ってるというのはあながち間違いではないのかなぁと

そんなことばかり考えます。

 

同封してあった写真は祖父母の金婚式の祝いの写真で

仲良し夫婦というわけではなかった祖父母の写真での二人の距離に少し笑ってしまうわけです。

 

 

 

次に僕が家を出るときは、今度こそいろんなものを捨てるだろう。

新しく何かを「捨てない」ために、いろんなものを捨てなければいけないんだろうけど、

この手紙と写真は、こそっと大事にしよう。

 

そしてもっと字を書こう。

汚くても、雑でも、なんでもいいから

思ったことは何かしら、書いては誰かに見せてみよう。

 

とりあえず、便箋と封筒を買いに行くところから始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

※ HY 「てがみ」

この曲流行ったね。いつかまた会ったなら、互いに理想な人に。